「過酷だった0才児育〜未就学児専門発達障害カウンセラー」 

はじめまして(^^)
高田晶子です。

大阪生まれ、大阪育ちのわたし。
でも、兵庫県に近い北摂と呼ばれる地域で育った私は、いわゆる「コテコテ」ではありません(^_^;)

小学2年生の息子と夫の3人暮らしです。
これから、どうぞ、よろしくお願いいたします。

初回の今日は、息子が生まれた時のことを
お話しようと思います。

息子は、2014年5月に、この世に誕生しました。
38歳の初産で高齢出産でしたが、4時間ちょっとの安産で、とても元気に、可愛く、生まれてくれたので、私は幸せに包まれていました。

生後3日目、息子の呼吸が荒くなり、大学病院に 救急搬送され、10万人に1人と言われる珍しい心臓病が 有る事が判明しました。

日本ではまだ症例の少ない 心臓病でしたが、11時間に渡る手術は無事に 成功しました。

生後1ヶ月で 退院する事が出来、ようやく、自宅での育児が 始まりましたが、あまりの 育てにくさ 満載感に、育児は いきなり困難を極めました。

・ずっと機嫌が悪い

・少しでも離れる、泣く

・昼寝しない
(寝かし付けに 1時間くらい掛かる)

・少しの物音でも起きる

・服薬を全力で拒否
(1日3回 6種類の薬が有りました)

・反り返りが強く、抱っこしづらい

・目が合わない

・授乳中も動きっぱなし

育て始めて 直ぐ、この子は 何らかの障害が有る子なんだ、と思うように なりました。

退院時の説明で、

「心臓病の子は、生後3ヶ月くらいまでは 風邪を引くと重症化する 可能性が 有るためなるべく外出時間は 短めに。」

と 言われていたので、気分転換 したくても
なかなか 外に出られなかった事も私の気持ちを 暗く していました。

その後も、大学病院で1ヶ月ごとに、詳しく
発達の経過を 見てもらっていましたが、あれだけ 大きな手術の後なので、医師のチェック項目は、主に

・体重が増えているか

・手足を自力で動かせるか

・発声が出来るか

の 3点のみで

悩み満載の 私とは 裏腹に

「すごい。声を出してる…。」

「心雑音もほとんど無い!」

「この子は 奇跡の子だ。
 今度の学会で 使わせてもらう。」

と 医師たちからは 絶賛の嵐で、私とは 着眼点が 全く違う事に、発達の相談をする事すら、不謹慎な気が してしまい、埋められない 温度差を感じました。

そのくらい、医学的には深刻な病気で、助かった事 自体が 不思議だったんだ…と、通院の度に感謝の念が 湧く反面、自宅に戻ると
やっぱりずっと 機嫌が悪い子供の相手をするのが 苦痛すぎて、
トイレに 行くだけでも、大泣きされるため、膀胱炎に なったりも しました…。

それでも、成長して行くにつれ、だんだん 目が合う時も 有り、よく笑うようにも なり、首すわり と 寝返りは 3ヶ月、おすわりは 5ヶ月、ハイハイは 6ヶ月 と、どれも 平均発達よりも早く出来るように なったため

生後すぐに 発達障害?と思ったのは、育児ノイローゼ期の私の 勘違いだったのかな…と 思うように なって来ました。

そして、大学病院の 4ヶ月検診で

「もう どこも 問題ないから
 普通の子と 同じように
 制限なしに 育てて、大丈夫。」

と言われたので、生後6ヶ月から、ベビースイミングとリトミック教室に通う事に しました。

少しずつ、近所に ママ友が増えて行き、やっと、孤独感から抜け出せるかと 思いきや、周囲の 赤ちゃんたちの育てやすそうな 様子と、終始、抱っこ紐の中でモゾモゾ動き続ける 我が子に、明らかな違いを感じるように なりました。

また 
「眠いけど、可愛すぎて
 寝る間を 惜しんででも
 眺めちゃうよねー。」
と 幸せそうに話して来る ママに

どうしよう、、私は、子供と 一緒に居るのが苦痛で たまらないなんて、言えない。。。
と、自分の 母性の少なさに引け目を 感じるようになり、だんだん、ランチや お茶のお誘いも断るようになってしまいました。

担当の保健師さんが、相談しやすい かただったので、

「うちの子、障害児だと思うんですが
 療育って、どうやったら 行けますか?」

と聞くと、産後鬱 と思われたようで、とても 心配されましたが

市の主催する 親子教室が 1歳半から、療育は、早くても 2歳からになる、と言われ、

いま、この瞬間が 苦しいのに、そんなに 待てない…と思い、近所にある 大手の 知育教室に問い合わせ、生後10ヶ月から 通い始めました。

今となっては、差別的な 当時の発想が本当に 申し訳ないのですが、この時の私は

療育は 早ければ早いほど、健常児に 近付けられるハズ!!

と 信じて 疑わず、息子を、何とかして
普通にしようと 考えていました。。

そして、息子が 寝てる時間に、療育関連の本や 論文をダウンロードして読むようになり、

見よう見まねで、ABA(応用行動分析)を実践してみたり

生活のほとんどに、知育と療育を取り入れ、

だんだんと、母親ではなく、療育の先生の
役割をする人になってしまっていました。。

今思うと、1番かわいいと言われる赤ちゃんの時代に、息子の事を、心から、かわいいと思った回数は、数えるほどしか有りませんでした。


 
今の日本社会では、子供が生まれるとすぐ、母親に母性を求められ、不眠不休で授乳やお世話を強いられます。

そして、退院後はワンオペ育児。
コロナ禍で、リアルにママ友を作りにくくなった今は、さらに「孤育て」をするママが増えているのではないかと心配です。

本来、子供は、一人では育てられません。
でも、そんな不自然な事を、出来て当たり前とされる、今の日本のママたち。

そんなママたちのヘルプを適時に聞けるように、ママが気負わずに、気軽に相談できる場所を増やして行けたらと願っております(^^)

次回は、1歳以降のお話をかきますね。

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