言葉の国のアリス

第 1 回目【 子供時代の影響 】

はじめまして。
ヴォイスデザイナーの塙野(こうの)ひろ子です。
声と話し方のコンサルタントを行っています。


ライフワークとして、朗読ライブを開催。
学生達に朗読やスピーチコミュニケーションを教える講師でもあります。
声の出し方や話し方のコツ、ことばのアレコレ、
時には動画によるレッスンも行ってゆきますね。


今後も覗いていただけたら嬉しいです。
さて、いわば言葉を生業にしている私ですが、
なぜ言葉にこだわるようになったか、
自己紹介がてら、そこからお話してゆきますね。


子供の頃から、本が大好き。
読むだけではなくて、
童話を書いたり、詩を書いたり、
夢想して、物語を作ることも大好きでした。


思うに、その根っこには、
幼い頃、父がいつも、オリジナルの創作物語を
語って聞かせてくれた事が大きい、
と思います。

今でも覚えています。
「ウサギのぴょん吉の大冒険」
仕事人間で、全く庭的ではなかった父だけれど、
寝る前のお噺タイムだけは、律儀に続けてくれました。

疲れて会社から帰ってきても、
ねだる私に、毎晩、(時には話しながら眠っていましたが)
兎のぴょん吉の大冒険を繰り広げてくれました。

父は、独身時代、小学校の教師をしていたそうです。
そのせいか、言葉に非常に厳しい人でした。
「~~~だよ」と言うと、
「何か一文字抜けていませんか?」と言って、
取り合ってくれません。


「~~だわよ」が正解。
(今の女の子は「だわよ」は、あまり言わなくなりましたね。)
敬語の使い方にも、とてもうるさかったです。


小学校の頃から、先生への伝言で、
「母が申しておりました」と謙譲語を使っていたのでした。
小学生の頃の私は、学級委員をしていて、
いわゆる優等生タイプだったなあ、と振り返って思います。


クラスではホームルームの議事進行を行い、
放送委員として、給食時の放送を担当し、
運動会などでは、朝礼台の上で開会宣言。


学芸会では、台本を書いて、主役をちゃっかり務めたりして。
今思うと、ナンダカ鼻持ちならない奴だったなあ・・(笑)。


ところが、そんな私が、話すという行為の中で、
実はとても苦手としている事があったのです。
そしてそのことは、
中学校以降の学校生活で、ずっと影を落とすことになります。

更には、その欠点がある故に、
今の私がいるともいえるのです。
この続きは、また次回お伝えいたしましょう!!

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